仮想通貨100種類以上の特徴を紹介!だけど雑記ブログw

キズキのプロフィール

キズキです。長々と書いてしまったので……。ちっちゃくまとめ。

最近、マジメに取り組んでいること

放置気味のもの

自己紹介

永遠の旅人、もしくは永遠のモラトリアム人間。

新しい一歩を踏み出すのは難しい、そういう人は多い。しかし、僕にとっては、これまで歩いてきた百歩をその先また百歩進むことの方が遥かに難しい。

父親はその道一筋の職人だったから、僕もそうなりたいという思いはあった。僕が進むべき道を探しながら、新しい一歩を踏み出し続け、気付けば36歳だ。自分の道と思えるものは見つからなかった。

今の会社に就職するまでは様々な仕事をしてきた
就職してからは様々な副業をしてきた
結婚して、離婚した。
今年はダイエットを始めオンライン英会話を始め、Youtubeで折り紙を始め、kindle本出してみたり、minneにTシャツを出品してみたりした。

僕は料理も上手だし、ピアノ弾けるし、フォークリフトも運転できる。情報処理安全確保支援士だし、株でもそれなりに勝てるし、kindle本の著者だし、Youtuberでもあるし、ブロガーだし、ホームページ作れるし、アプリ作ったこともあるし、仮想通貨のトレーディングBOTだって作れるし、小中学生向けの学習サイト運営してるし、せどりやら輸入物販もしたことあるし、Tシャツを染めたりもできれば、ちょっとしたデジタルアート作品だって作っている。

ただし、何一つとして一流ではない。

でも、最近気付いた。

僕はそういう人間だ。

もし僕が株のトレーダーとして大成功したとして……死ぬまで株のトレーダーを続けることは不可能だろう。
もし僕が、小説を書いて文学賞を受賞したりなんかして……ずっと小説家なんてやってられないだろう。
もし僕がYoutuberとして成功して……(以下略)

永遠のモラトリアム人間としてアイデンティティが確立できたというパラドックス。

かなり長々と経歴

生まれる以前(そっからかい!( ̄◇ ̄)ノ彡☆)

父方の先祖は明治維新の旧幕軍に付いた落ち武者「平八」である。平八は傷を負い、滋賀県の造り酒屋に身を置くことにした。偶然にもこの造り酒屋には娘しかおらず、平八はそこの娘と結婚し、造り酒屋を継ぐことになった。

その後、世代が交代していく中で、相続の際のトラブルで、長男であった僕のご先祖様は家を追い出されることとなる。本家の後ろ盾を失ったご先祖様は、仕事を求めて京都に出てくることとなる。

そこから、僕の会ったことのある曾祖父、祖父の時代に飛ぶが、父方の人は信念を強く持った気の良い貧乏人が多い。「信念を強く持つ」というと、響きは良いが、周りで巻き込まれる人はたまったものではないレベルであった。

例えば、曾祖父は天理教の発展に貢献した人らしい。仕事はほとんどしておらず、収入は曾祖母に頼っていたようである。祖父にいたっては、いわゆる「アカ」で、ベトナム戦争時代には思想犯として、投獄された経験を持つ。この人にいたっては、本当にはた迷惑な人だったようで、両親が結婚する前には、日本の国の制度自体を認めておらず、着物関係の職人として働いていたが税金も年金も納めなかったそうだ。幾度となく税務署員が自宅に来ていたという話を怒る母から聞いた。(当然、すべて払うこととなる)

母はよくこんな家に嫁に来たもんだ。

反対に母方の家庭は精神的に弱いエリートの家系だ。祖父は将来を選択する上で重要な岐路に立った時、2つの選択肢を持っていた。「医者」と「予科練」だ。今、「予科練」と聞いてピンとくる人は少ないのではないかと思うが、ようするに軍隊のエリートだ。時代は第二次世界大戦真っ只中、祖父は「予科練」となる。(大失敗)

それでも大戦後は、旧国鉄職員となり、やはりエリートらしい道を進む。そんな感じで、母方の親戚は一流企業に勤めている人がそれなりにいる。

「精神的に弱い」の部分については書くべきどうか悩むところだが、まぁ……鬱で首を吊ってしまった親戚や鬱で働けない状態で生活保護を受けている親戚などいろいろいる。

さて、そんな信念は強いが気の良い貧乏人の血と精神的に弱いエリートの血が混じってできたのが、この僕ということになる。この時点で未知数な感じハンパないよねw

出生から高校まで

京都で産まれる。

根っからの変人であったが、勉強がそこそこできたため、中学生頃までは神童扱いだった。勉強がそこそこできるのは、きっと母方の血に違いない。

進学する高校を選択する段階で、近くの公立高校に「人間探求科」というなんとも怪しげな名前の学科が新しく新設されるとのことで、迷わずそこを選択。

とりあえず合格し、「人間探求科 第一期生」という素敵な響きをGETする。

(この学校、のちに有名となり、今でもたまにテレビで見かけます。)

が、しかし、入学してみると、かなりの進学校で、サクッと神童じゃなくなる。しかも僕は理数系科目が得意だったのだが、文系の学科だったw

進学校にもかかわらず、テニス部と演劇部を掛け持ちし、小学一年の頃からやっていたピアノも続けており、彼女とも遊びまわり、充実した3年間を過ごす(ぉぃ

大学はなるべく遠くへ行きたいと思ったのと、やっぱり理数系科目の方が得意だったのとで、比較的珍しい理転を果たす。文系から理系に変えて受験をする人は少ない。少なくとも学校内では1人であった。ちなみにセンター試験も2次試験も学校で習っていない科目を受けるという暴挙に出たw

そして、北海道のド田舎にある農学系単科大学(三流国立大学です)へ進学

大学時代

1・2年の間はひたすらバイトだけしていた。塾の講師をしており、小学4年生から高校3年生まで幅広く数学(算数)を教えた。通常時週六日、夏期講習時は週七日みっちりと働く、ピーク時は月収30万円近く稼いだ。

3年生になる段階で、違うことをしてみようと思い、NHKの放送局のバイトを始めた。しかし、今度は塾の講師ほどハードではなかったので、物足りなく感じた。そこで、パチンコとスロットにハマったり、MMORPGを廃人と呼ばれるまでやり込んだり、大学生らしい生活を送る(ホントか?)

ここまで、学校でのことをあまり書いていないが、大して行っていないのだから、仕方がない。1年のうちに退屈な教養科目に失望し、3年以降の専門課程に期待していたら、もっとつまらなかったというオチw食品化学を専攻していたが、何でこうもみんな右向け右でトクホのことばっかり研究するんかね?

その当時、全然無名だった特定保健用食品(トクホ)が、現在これだけ認知されていることを思うと、皆さんそれに食いつく気持は今ではよく分かる。なんだかんだ世の中、金だw学生が面白い研究をしたいと思っても、教授陣は生活かかってるんだから、金になる研究しなきゃダメだ。

その他、大学時代に取り組んだこととして、2つ挙げておきたい。それは読書と音楽を聴くことだ。この当時の僕の読書に対する考え方として、思想の偏りを排除したいという思いがあった。父方の血に対するけん制の意味があったように思う。ここで、共産主義の本ばかり読んでいると、僕も「アカ」になる可能性を秘めているワケだ。そこで、この時期に様々な人の本(300人くらい)を読んだ。簡単な本から難しい本まで。

そんなこんなで、ハードな4年間を過ごした結果、当然単位は足りないし、卒業はできない。

でも、就職も決まっていたので、学歴詐称して就職!(ぉぃ

ここで、詰めの甘いことに、大学時代最後に新聞代を支払わなかったため、新聞屋から連絡が入り、会社にバレてクビになる。

(これは、いまだに僕の人生最大の失敗の一つだと思う。僕は自分自身の苦境に対して、失敗と思うことはほとんどない。けれど、この時は会社の人事の方に多大なご迷惑をおかけしました。僕にかかわる多くの方を不幸にした出来事になってしまいました。)

その後

さて、ここから僕のフリーター生活が始まり、住み込みで働けるところを探しながら、全国を放浪し始めたりするんだけれど、これについては過去に連載記事を書いたことがあるので、そちらに譲る。

職業遍歴

結婚して、就職はするんだけれど、現状打破したくなり、様々な副業に取り組み始めるんだけれど、これも以前連載記事を書いたので、そちらに譲る。

副業遍歴

そして、現在は離婚し、会社からお金を借りていたりもするので、転職はできないのだけれど、今まで以上に自由に新たな一歩を踏み出し続けています。

直近やっている主なものはkindle本出版(記事書籍)・Youtube(動画)・ブログ連載(ダイエット記事首都圏で海外旅行)などです。